【第一回・感想】雨月物語/上田秋成|白峯,菊花の約,浅茅が宿の続き。今回は『雨月物語』の、夢応の鯉魚、仏法僧、吉備津の釜、蛇性の婬、貧福論の感想。
感想・レビュー
夢応の鯉魚(むおうのりぎょ)
現実と夢とを自由に行き来できる僧侶であり画家でもある興義が、夢の中で鯉になって泳ぎまわる話。変身譚ですね。
魚になっていた時、人としての体は意識を失っていた。そして魚が調理された直後、元の体に意識が戻る。
昏睡して魚に憑依した感じですかね?或いは深い瞑想状態で観るビジョンとか、幽体離脱や明晰夢の類いになるのかな?
『雨月物語』の中のオアシスのように、ちょっとほのぼのした話だった。
僧が、鯉になったが故に表出した人間臭さにクスッとくる。
俗世と湖、宗教者と魚、束縛と自由、現実と夢。興義の視点が反転する。そんな中にあっても心の隙間に入り込みたいモノ達が、釣り針を仕掛けている。
喰い付いた時の対価は、自分にとってかけがえのない何か。僧は危うく対価を支払いそうになって目覚める。
虚実曖昧な意識の中で、興義が興義であるための錨となったのは、興義が人間であったこと、でしょうかね。
仏法僧(ぶっぽうそう)
戦国の世で生命を散らした豊臣秀次の霊が登場する。
戦国時代が終わり、日本に平和が訪れた江戸時代が舞台。
夢然が息子を連れて旅に出て、高野山の奥の院で一夜を過ごすことになった。そこで豊臣秀次の幽霊の御一行様と遭遇する。
ご存知かもしれませんが、豊臣秀吉さんの甥・豊臣秀次さんの生涯については、ネット検索すると沢山ヒットするでしょう。崇徳院のように、血筋ゆえに波乱万丈の人生を送って無念な亡くなり方をした人ですね。
人の世の平和って、人間同士の争いと死の末に得たものだったりする。現代の日本もそうだね。
お気楽な旅ができる明るく平和な世の中になったけれど、そこにはかつて明日を生きれるかどうかも判らない戦乱の世で、儚く滅びゆく者達がいた。みたいな感慨深さを感じさせる物語だった。
伝統的な日本の美意識《もののあわれ》という概念に通じるんだろうね。
吉備津の釜(きびつのかま)
嫉妬に狂った妻が、クズな夫を祟り殺す物語。現代の心霊モノのホラー作品と一番親和性が高い印象でしたよ。
吉備津の釜は、怪鬼の温羅(うら)を退治する伝説がベースになっている。ちなみにこの伝説は桃太郎伝説の元になったと言われるそうです。
温羅退治伝説は、昔々、吉備(現在の岡山県南域)に来訪して地域を支配した鬼が、吉備津彦命(きびつひこのみこと)に退治された。
ところが温羅の首をはねたら、温羅が大声で唸り出した。
犬に喰わせて髑髏にしたり、釜の下に埋めてみたが唸り声は止まない。
そんな折、吉備津彦命の夢枕に温羅が現れて「俺の奥さんに飯炊きさせたらおとなしくするよ。託宣もするよ(要は従順になるよ)」と告げたという。
吉備津神社では現在も「鳴釜神事」が行われているんじゃなかったかな?そして温羅を丑寅ミサキとも呼び「丑寅ミサキおそろしや」などと語り継がれているとか。
確か、ミサキの語源は「御先」。それで人に災いを起こす人知を超えたナニかを「ミサキ」と呼ぶようになった説があったように思う。
作中の妻の名は磯良。磯良といえば、神道の海の神・阿曇磯良。
『太平記』によると、海底に住んでいるので顔中に貝類や海藻が貼り付いた醜い女神様。
上田秋成さんが作中の妻に磯良の名を冠したのは、素晴らしいバックグラウンドや上っ面の下に隠された醜さこそが、女性または妻の本性だと言いたかったんですかね?
なんせ磯良は情念剥き出しで。『浅茅が宿』とは対象的なヒロインでした。
蛇性の婬(じゃせいのいん)
男につきまとう蛇の化身の女が、僧に退治される物語。
男が出会った世にも美しい女の正体は大蛇だった。心のどこかではこの美女ヤバいと感じつつも、美女に惹かれ恋に溺れるのは男の性ですかね。
そして大蛇の化身・真女子のネッチョリした愛は、蛇の気質なんでしょうかね。
ネタ元は中国の『雷峰怪蹟』だそうですが、安珍・清姫伝説を意識しているのか、道成寺の僧が登場している。
富子の死は不条理ですし、忌み嫌われ退治されてしまった蛇の化身・真女子の報われぬ恋心も切ない。
貧福論(ひんぷくろん)
金を大事にする武士の寝床に金銭の精が小人の翁となって現れ、金と人との関係を説く物語。
お金はお金の道理で動き、お金は大切に遣ってくれる人のところへ多く集まるという。 金銭的な価値を肯定しよう系の自己啓発っぽい内容でした。
まとめ
今回は上田秋成さんの『雨月物語』の感想でした。
恐ろしくもあり、哀れでもある人間達を描いた『雨月物語』。愛、憎しみ、嫉妬、執着など何らかの強い情念や欲望に突き動かされている。
どの話も面白かったけれど、『夢応の鯉魚』が一番好きでしたね。『白峯』と『吉備津の釜』と『青頭巾』もとても良かった。なお『青頭巾』は次の記事で紹介します。
『雨月物語』は上田秋成さんがゼロから生み出した作品というわけではない。でも 現代のホラーやオカルト作品に、『雨月物語』が原型になっているかのような作品って、結構多いんじゃないでしょうか。
オカルトに興味がある方には必読書だと思う。
それはともかく、非日常的な幽玄の世界を堪能できる名作です。よかったら読んでみてくださいませ。
『春雨物語』は上田秋成さんの晩年の作品。タイトルは似ていますけど『雨月物語』の続編ではありません。
『雨月物語』の記事は三回シリーズになっています。
『雨月物語』の記事は、こちらでも紹介しています。