坂口安吾さんの代表作の一つ『桜の森の満開の下』は、孤独、残酷さ、狂気によって狂わされていく人間の姿を描いた、美しく幻想的な短編小説の傑作。
『桜の森の満開の下』書籍情報
タイトル:桜の森の満開の下
作 者:坂口安吾(さかぐちあんご)
小説家、評論家、随筆家。新潟県出身。1906年〜1955年。
探偵作家クラブ賞、文藝春秋読者賞受賞。
簡単なあらすじ
峠の山賊と妖艶で謎めいた女の幻想的な怪奇物語。
読書難易度:
難しくはないです。
ただし、梶井基次郎さんの『桜の樹の下には』よりも更に残酷でグロい描写が含まれるので、読む人を選ぶ作品ですね。
特にメンタルが不安定な時はオススメできません。お子様にもオススメしちゃダメなやつ。
感想・レビュー
まだ3月だというのに、いつの間にか山桜が咲いていました。
さて先日、【感想と深読み】桜の樹の下には/梶井基次郎|死生観と美学の記事でも触れた桜絡みの物語、坂口安吾さんの『桜の森の満開の下』の感想です。
ある日、山賊の男が妖しく美しい女に一目惚れした。男は、彼女の夫を殺して、家に連れ帰って女房にした。しかし彼女はとてもわがままで、病的なまでに生首に執着する残忍な性質の女だった、という物語ですね。
時代背景
物語には何時代かは明記されていませんが、大納言、さむらい、白拍子というワードが出てくるので、平安時代末期〜鎌倉時代でしょう。
・白拍子
平安時代末期から鎌倉時代にいた歌舞をする遊女。
そういえば源義経の愛人だった静御前も白拍子でしたな。
・さむらい
平安時代頃には「さぶらふ」又は「さむらふ」、鎌倉~室町時代頃には「さぶらい」と呼ばれた高い地位にある武士のことでしょう。
・大納言
煮崩れしにくい大粒アズキの大納言ではないです。
高位の官職。現代でいうと閣僚になりますかね。
私は、大納言といえば「酒壺になりたい」と詠う程の呑兵衛だった万葉歌人・大伴旅人さんを思い出す。
旅人さんの「生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世にある間は楽しくをあらな」ってポジティブな歌がちょっと好きなので(余談かしら?😊)。
【POINT1】タイトルが秀逸
まずタイトル。これが実に素晴らしい✨
理由は…
このタイトルって「の」が多い印象だ。次に日本語として「森の満開」「満開の下」には違和感を感じる。
普通なら「桜の森」とか「満開の桜の下」にするんじゃないでしょうか?
それを敢えて『桜の森の満開の下 』という摩訶不思議なタイトルにした。
単語をシャッフルして「の」で繋げることで、タイトルに幻想的な雰囲気を醸し出す工夫をしているわけですな。
文章としては変だが、意味は判る、ビジュアルも浮かぶ、趣きも有る、摩訶不思議な世界観までも感じるという、日本語の超上級テクかもしれない(笑)。
ということで、もはやタイトルがアート。
なんという感性だろう。坂口安吾さんって凄いね✨
【POINT2】和のテイスト
この物語の元になったイメージは
桜の森の満開の下
東京大空襲の死者たちを上野の山に集めて焼いたとき、折りしも桜が満開で、人けのない森を風だけが吹き抜け、「逃げだしたくなるような静寂がはりつめて」いたと記されており、それが本作執筆の2年前に目撃した「原風景」
だそうです。
でも、もう一つ有るのでは?と思う。
失礼かもしれんが『桜の森の満開の下』って、新約聖書を元にしたオスカー・ワイルドさんの戯曲『サロメ』を、かなり意識している和風の幻想怪奇テイストの物語といった印象でしたので。
そういえば太宰治さんの『人間失格』も、ドストエフスキーさんの『地下室の手記』をかなり意識した、和風テイストの物語という印象だったなぁ…
もしもですけど、例えばコッソリ意識していた作品があったとして…
プロの小説家のオリジナル作品で、その隠されたものが容易にピンと来ちゃうと、私は読後感がちょっとモヤるんだなぁ。
勿論、芸術だろうが小説だろうが、全くの無から有を生み出せる人間はいないと思うけどね。
いずれにしても、ちゃんとネタ元を明かしているオスカー・ワイルドさんや、『山月記』を執筆した中島敦さんって正直で好感が持てると思った。しかも中島さんは、オリジナルを超えた名作に仕上げちゃったし。あの人凄いね。
有名作品なのでご存知の方も多いでしょうが、『サロメ』のあらすじは…
月のように妖しく美しいサロメは、エロエロな視線を向けてくる義父エロド王に、イケメン預言者ヨカナーンの生首が欲しいとおねだりする。
エロド王はやむを得ずサロメの望みを叶えた。
ヨカナーンの生首を愛でて💋するサロメ。
それ見たエロド王は恐ろしくなって、サロメを処刑してしまう。
どう思います?邪推もやむ無しでしょ?
偶然にも、似ていただけかもしれませんけど。だとしたら邪推してごめんなさい、ですけど。
なにはともあれ、美ってやつは、孤独と儚さと残酷さとエロスでブーストするとダイナミックになるね。
だがしかし
『桜の森の満開の下』は、幻想怪奇テイストなので、それだけでは終わらない。
和風の幻想怪奇ものって大抵は薄暗く、薄気味悪く、薄ら寒く、物悲しく、陰気で陰湿で粘着質。こういう雰囲気って日本ならでは、だよね。
これぞ湿気大国日本の伝統美!と言っても過言じゃないだろう。
この作品も、出すべき味を十分味出していましたよ👍
まとめ
今回は坂口安吾さんの『桜の森の満開の下』の感想でした。
薄暗い、猟奇的、残忍、狂っている。なのにただただ美しい。
音も無く静かに桜の花びらが舞う虚空の中で、その花びらと共に儚く散りゆく魂、その妖しい美しさに心が吸い込まれそうな感覚を覚えた。
この物語を自分なりに解釈したり意味付けしたりは可能だけど、それよりも文章から伝わってくる空気感や世界観を、感覚的に浸って楽しむ方が相応しい作品だと思った。
なので文章だけの本をオススメしたい。文章表現にこそ魅力があると思うので。読んでいると、きっと容易にビジュアルが頭に浮かんでくるでしょう。
とはいえ、お世辞にも万人にオススメできる作品とは言えないんですけどね。興味がある方は、メンタルが安定している時にグロ覚悟で読んでみてくださいませ。
『桜の森の満開の下』の記事は、全三回シリーズになっています。第二回と第三回の記事については、自分なりに深読み・解釈したものです。
「まとめ」にも書いた通り、この作品は文章から伝わってくる幻想的な世界観を楽しむ方が良いかな、と思ったのですが、一応備忘録として記事にしました。 ひとそれぞれ色んな解釈ができると思いますし、これが正しいというわけではないです。こんな解釈をする読者もいる、という程度に思ってもらえればありがたいです😊
『桜の森の満開の下』の記事は、こちらでも紹介しています。