【第二回・感想】夢応の鯉魚,仏法僧,吉備津の釜,蛇性の婬,貧福論の続き。今回は『雨月物語』の収録作品の中から『青頭巾』を自分なりに読み解いてみた。
簡単な内容紹介
青頭巾とは
美少年にトチ狂って執着し、愛欲に乱れて鬼と化した住職を、旅の僧が解脱に導く物語。カニバリズム系のホラー。
ネタ元は、室町時代に快庵妙慶禅師が曹洞宗に改宗・再興した大中寺の七不思議『根なしの藤』伝説ですね。
簡単なあらすじ
美少年の稚児が食べちゃいたいほど可愛くて愛欲に突っ走った僧侶は、稚児が病死すると本当に遺体を食べて人喰い鬼となった。
旅の僧・快庵禅師は、鬼となった僧に青頭巾を被せ、漢詩の言葉を与え意がわかるまで唱えるようにと告げる。
禅師が一年後に訪れると、青頭巾の僧はまだ詩句を唱えていた。禅師はその頭を杖で打つと、僧は消えて青頭巾と骨だけが残る。
鬼になった僧は、真言宗の阿闍梨で住職。高僧ですね。
一方、旅の僧は快庵禅師。禅宗・曹洞宗の高僧ですね。また、曹洞宗ですからオカルトチックな能力を使う僧ではないね。
感想・レビュー・考察
曹洞宗はお月さま推し
二十日の遅い月は、更待月(ふけまちづき)と呼ばれる夜更けに見える二十夜の月のこと🌖でしょう。
曹洞宗ってある意味、お月さま教なのよね。
禅語も月だらけですし、宗祖・道元さんが執筆した『正法眼蔵』も月絡みの話が多いんだわ。
曹洞宗の先人達は、月には悟らせる力が有ると思っていたのだろうねぇ。
月は冷静に照らす光。心を静かに落ち着かせる光。満月を過ぎて欠けてゆく月。
その無常なる変化・過程を、仏教の智慧の真髄へと向かう変化・過程と観るならば、鬼僧がこれから進む道というか、精神的変容を暗示しているんじゃないかな。
見えない禅師
禅師を喰おうと思った鬼僧の目には、禅師の姿が映らなかった。
これは鬼僧が仏の道を踏み外したから、心が濁り見えるものが見えなかった。それで禅定に入っている清浄なる禅師が見えなかった、っていう意味の演出でしょう。
鬼僧は朝になって禅師が見えなかった理由に気付いた。
また、禅師が命がけで自分を救おうとしている者だと気付いた。それ故に禅師を生き仏だと感じて縋ったのかもしれません。
頭巾を授ける意味
禅僧の頭巾は修行に専念するための象徴ですな。
そして禅師が被っていた頭巾を鬼僧に被せるのは授戎のメタファーでしょう。
授戎とは仏の教えを守る人になるための儀式。
真言宗の阿闍梨だった鬼僧がリスタートして、今度は曹洞宗ルートで仏に帰依しようとしている。
禅師は、鬼僧を導く立場に立ったので頭巾を脱いだ。
そして仏の道を歩む誓約の儀式のつもりで、新たに修行に専念する者・鬼僧に頭巾を被せたんでしょう。
この瞬間二人は、師と弟子の関係になったわけです。 禅師が、鬼僧に授けた戎はただ一つ。詩句を唱えてその意を識れ。つまりそれ以外の事はするな、心を向けるな。ですな。
その戎は、我執に囚われた世界から、人が生まれながらに備わっている仏の心に気付き悟りの世界へ向かうための、心に刻み守るべき道しるべ。
ひたすら唱えてみなさい。詩句の意に通ずるから。ってことでしょう。
元々仏の心が備わっていると仮定すると、肉体はそれを知らない、或いは忘れているのかもしれないね。ふとそんなことを思った。
もう一つ
その頭巾は「もしも授戒を忘れそうになったら頭巾を被っていることを思い出せよ。頑張れよ!」という師のメッセージが込められた得悟の補助アイテムでしょう。
ただし禅師は授戎によって、鬼僧に緩慢な自死の導線を引いている側面があるのよね。
信仰心って怖いわねー。
頭巾の色
曹洞宗といえば黒い軍団だが、禅師は紺染め頭巾だった。鬼僧に被せたら青頭巾と表現している。そしてタイトルが『青頭巾』意味深だね。
黒を仏教の深遠で広大な智慧や真理の象徴であり、ゴールの象徴とするなら、黒に近い紺色はそこ(ゴール)に近づいている者、そこ到達しつつある者、故に禅師の色って意味じゃないですかね。
悟りの定義にもよるけど、仏教的ゴールへの到達は、肉体を有する人間には困難でしょうし。
青は、ゴールには程遠いが、煩悩を断ち切り、真理の深い理解を目指している修行者の色ですかね。
もっというと、まだ師の教えや導きを必要としている者の色、故に鬼僧の色、って意味じゃないですかね。
詩句の意
《直く逞しい》性質の鬼僧は、禅師に教えられた通り、詩句を一心不乱に唱えまくった。多分、最初は自己実現に妄執して唱えていたでしょう。
しかし、いつしか愛欲の執着を忘れるほどに、生命への執着までも忘れてしまうほどにキマっちゃって唱え続けていたんじゃないですかね。
過集中の果てに無心の境地があった。無心故に己が死んだ事にも気付いていなかった(現代ならゾーンに入った状態とも言うのかな)。
江月照松風吹 永夜清宵何所為
引用:雨月物語(上田秋成)
現代口語訳すると、
川面に映る月は輝き、風は松の枝を吹き抜ける。この永く清らかなる宵は、何のためにあるのか。
ってところ。
この問いの理解に繋がるヒント書いておこうかな。
〈※月が美しい夜という設定です〉
今宵の月は美しいかい?
その一瞬の感動は月に在ったかい?
それとも自分の内側に在ったかい?
ヒントになったかしら?😊
鬼僧は、上記の詩句の意の体現者となっていたんでしょう。
一切はただ在りて、意味は無く、
鬼僧もまた、無心のうちに自らがそこに在った。
喝の意味
まず、禅宗に成敗目的の喝は無い。
禅師の喝は、禅宗の葬儀で導師が一喝するのと類似の目的じゃないかな。
今生の別れと一切を断ち切り悟りに導くための、導師としての一喝。もっというと、悟りの入口にいた鬼僧の背中を押してあげた感じ。
また「さぁどうだ!何のためだ!」という禅師の棒喝による問に対して、鬼僧は朝の陽光を浴びて煌めく氷の如く消えたわけですから、それが鬼僧の答えだ💯
禅師は、鬼僧が弟子を卒業して先達になったことを見届けたんですな。
鬼僧はこの時を待っていたのかもしれないね。もしかしたら鬼になるずっとずっと前から。
ところで
この『青頭巾』って、日本仏教或いは密教の堕落を皮肉っている気がするんですよ。
昔の日本仏教は男色が盛んだったみたいですし、寺の小姓や稚児を、住職の男色相手の少年という意味で言うこともあったそうだ。
女性との交わりNGなら、同性と交われば良いんじゃね?っていう発想で、拒否できない弱い立場の、いたいけな美少年達に手を出すのが流行っていたわけだぁね。
挙げ句、仏教の衆道は悟りの蕾を開く修行っていう設定まで発案したんでしたっけ?なんと品位の無い愚かしい屁理屈か。
そもそも日本の男色文化は『日本書紀』(720年完成)に既に出てくるが、日本仏教の男色は、遣唐使として中国留学(804年)した某宗の宗祖が日本に持ち込んだ説があるわね。なんだかなー。
あとがき
鬼僧だって阿闍梨だったのだから、高い知性を有していたはず。なので禅師の授戒にクソ真面目に従うならば、緩慢な自死の道になるってことくらい気付いていたでしょうに。
それでもその道を選択したのは、仏の心を取り戻して苦から脱却したかったから。人は執着するものがあると死ねるってことだねぇ。
先人の見出した真理に学ぶのは良いとしても、盲信して、べったり縋って、従って、己の全てを捧げて自死とか、なんだか虚しさを感じてしまった(私がありきたりの宗教じゃ酔えないだけかしら?)。
鬼僧は、自分の命じゃ償いきれんが、生きていられない。という苦も感じていたのかもしれんけど。
確か室町時代って、日本の僧侶が最もアナーキーな時代だった。
とはいえ大中寺で本当に真言宗の住職(阿闍梨)が稚児を喰い、村人達まで喰い殺す事件が起きていたならば、なんで村人達は、寺社領主か真言宗に適切な措置を講じるように訴えなかったんだろうか?と不思議に思った。
伝承に残っている快庵禅師(1422年〜1494年)は実在の人物ですが、喰われた稚児(良き家柄の子息の可能性大)の名や、鬼僧の僧名も不明ですし、もしかしたら架空の事件かもね。
なお、私は、曹洞宗と真言宗の思想の正誤を問う気も無いし、特定の仏教宗派をディスる意図も無いよ、念のため。
『雨月物語』の記事は、三回シリーズになっています。