佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』は、100万回死んで、100万回生きた猫の物語。「愛と死」という普遍的で奥が深いテーマを描き、子供だけでなく大人の心にも訴えかけてくる名作絵本。
『100万回生きたねこ』書籍情報
タイトル:100万回生きたねこ
作 者:佐野洋子(さのようこ)
絵本作家、エッセイスト。1938年~2010年。
主な受賞歴: 第8回講談社出版文化賞、第1回新美南吉児童文学賞、紫綬褒章、小林秀雄賞、第31回巖谷小波文芸賞。
簡単なあらすじ
愛を知らぬまま100万回も転生した過去を持つトラ猫🐱が、ようやく愛を見つける物語。
読書難易度:
絵本なので簡単。ただし内容はなかなか深いですね。
感想・レビュー・考察
これを読むのは何度目だろう。
大好きなんですよ『100万回生きたねこ』。
この絵本は読者の年齢というか、人生経験次第で解釈が分かれそうな物語でした。
おそらく子供には《100万回》の意味とか、ラストがなんでそうなるのかとか、深い部分についてはサッパリ分からないんじゃないでしょうか。
私個人の印象では、これは絵本だけど大人の物語、そしてハッピーエンドのラブストーリー♡だなぁ、と思いましたね。
【POINT1】束縛と自由と自己愛と
物語は、まず主人公のトラ猫の経歴から始まる。誰のことも愛せなかった過去だ。
過去の100万回の人生(猫生)では、いつだって飼い主という他者に人生をコントロールされていたために、自分の人生を歩んでいる実感が持てなくて、自己愛が芽生えなかった。
自分のことすら愛せない者が、他者を愛せるハズがなく、我が命を大切に思う心も芽生えるハズもない。
ゆえに100万人の飼い主に愛されても、自分は誰とも心を合わせようとはしなかった。
それどころか自分を支配する飼い主が大嫌いだったし、自分の死も平気だったんでしょう。
そして100万回もの孤独な人生(猫生)が続いてしまったわけだ。
これがトラ猫のバックグラウンドなわけですが、今世でようやく心の枷となっていた飼い猫という境遇から解き放たれ、自由な野良猫になれた。
それで自分の意志で人生(猫生)を謳歌できるようになり、今の自分を愛せるようになり、自慢話にできるほど過去の自分も愛せるようになったんですね。黒歴史なら自慢できませんもんね(笑)
【POINT2】意識のシフト
しかしトラ猫は経歴自慢をやめてしまう。多分これは過去の否定ではなくて、過去を受け入れたうえで次のステップに進んだからでしょう。
つまりトラ猫はパートナーに出会い、恋して愛して、この愛を大切に育んでいきたいと思えるようになった。
だからこそ、自分の過去にばかり目を向けて生きるのではなく、これからはパートナーと共に今を生き、二匹で歩む道を一緒に見つめていこう、という前向きな意志へとシフトできたんでしょう。
二匹が寄り添い、共に同じ方向を向いている挿絵がそれを物語っている。
余談だけど、ふとサン=テグジュペリさんの名言を思い出した。
Love does not consist in gazing at each other,
but in looking outward together
in the same direction.愛とは、見つめ合うことではなく、
共に同じ方向を見つめること引用:星の王子さま(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ)
話を『100万回生きたねこ』に戻そう。
今の自分を愛せるなら、過去の自分も、未来の自分も明るく照らせる。他者を愛することもできる、ってことですね。良い話だね。
【POINT3】私の解釈《100万回》の意味
ここから先は、物語のもう一つのテーマ《死》のウェイトが強くなっていくのですが、ネタバレするのもアレなので、ストーリーはぼかして《100万回》の意味の、私なりの解釈だけ書いておこうかな😊
トラ猫は、前世の記憶が全くリセットされることなく、輪廻転生を続けているわけですから、100万回もの《大嫌い》の記憶を持っているってことですね。
この時のトラ猫の感情は、《嫌い》じゃなくて《大嫌い》⇦ここ重要。
トラ猫は、100万回もの《大嫌い》を知る者だったからこそ、今世で100万回分の《大好き》を知る者に成れたって意味なんですな、多分。
ほら、陽光が強ければ強いほど、影も強くなるでしょう?
それは《大嫌い》と《大好き》の感情も、束縛によって麻痺した心と自由に生きる喜びも然り、ってことでしょうね。
だからトラ猫にとっては自由が無かった過去も、誰も愛せなかった過去も、決して無駄ではなかったんですよ。その過去ゆえに、今世での生と愛にブーストがかかりダイナミズムが生まれたわけですから。
だから自分以上に、パートナーの白猫と子猫達を《大好き》になれた。大好きで大好きで、100万回分の《大好き》が、深くて大きな愛となって炸裂したんだろう。
【POINT4】私の解釈《生と死》の意味
生命が輝くこともなく、屍のような生を繰り返した100万回。
観念的には、トラ猫は本当の意味での死を知らず、肉体の死が訪れても本当の死は一度も訪れていなかったから、前世の記憶を有していたんじゃないかな。
しかし己の意志を確立し、自由を知り、自己愛と利他愛を知り、父性を知り、喜びを知り、幸福を知った時、自分の現在・過去・未来の全てが輝きだした。そして死と悲しみをも知った。
実は生命ってやつは、死を含めて生命の輝きなんだよね。もっと言うと、死があるからこそ生命は瞬いて輝くことができるのよ。
そんなわけで、トラ猫は今世でようやく生命が輝いたんだ。それが生命の願いだった。100万回の屍を越えた生命の輝き✨だ。
生命の願いが満願成就できただろうだから、今度こそ本当の意味で永眠できたんじゃないかなぁ。
なにはともあれトラ猫も、パートナーのツンデレな白猫も、愛に満ちた最高にハッピーな生涯だったのだと思う。
いやぁ、本当に深くて良いお話だ👍
猫を飼っている私としては
私、動物好きでして、現在ウチには室内飼いしている保護猫が4匹(サバトラ2匹、トラ1匹、黒猫1匹)いるんです。
『100万回生きたねこ』のように、もしも、もしもウチの猫ちゃんズが「野良猫の方が、自由を謳歌できて幸せ!」って思っていたら飼い主としては寂しいな。なんて思ってしまった。
ま、ウチの猫ちゃんズは、飼い主を都合の良い下僕と認識して、ゴハンのことばかり考えていそうですが。
飼い主のお約束・我が家の猫自慢
余談かもしれませんが、『100万回生きたねこ』の愛とトラ猫繋がりで、ウチの猫ちゃんズの話をしよう。
猫にだって過去も有れば記憶も有る。
ウチの子達は薄暗い過去を持つワケ有り猫ばかりだけど、幸いみんな仲良くほのぼのと暮らしている。
良い子達だなー💮めっちゃ癒やされるぅ。
写真の左側にいるトラ猫は、保護した当時は皮膚病が酷くて、腹から後頭部にかけて無惨なほどハゲ散らかっていたんですよ。尻周りもハゲてたし、結膜炎で目の周りもハゲてたな。
でも治療して皮膚病とか治ったら、ボーボーと毛が生えてきた🙌
すると両脇腹に大きなドーナツ柄が現れたんです。
そのドーナツがっ!!
アンモニャイトになる(丸くなって寝る)と、なんと愛のシンボル・ハート柄になるんですよ!
しかも両脇腹とも💗ハート💗。
毛が生え始めたある日、ハートに気付いてすっごい感動して撮った写真がこれ👇
なんか凄くない?ひょっとして愛の具現者じゃね?😆
飼い主の目の錯覚かなぁ?(笑)
まとめ
話を戻そう。
さて今回は、佐野洋子さんの名作絵本『100万回生きたねこ』のレビューでした。
この絵本は褒めるところしか見つからない。どこまでも美しい物語✨だった。読んで後悔しない一冊だと思う。
もし良かったら手にとってみてくださいね。大切な誰かへのプレゼントにしても素敵♡だと思うよ😊
佐野さんの著書ではありませんが、こんな本もある。ちょっと有る有る(かもしれない)笑える本だよ😂
なんか・・・、佐野洋子さんの絵本の正しいタイトルが、ねこ🐱が生きてるんだか死んでるんだか分かんなくなりそうだ(笑)
そういえば、私も以前ドストエフスキーさんの『地下室の手記』のタイトルを覚え違いして『地下鉄の手記』だと思い込んでいたわ(恥)。
あと『注文の多い料理店』などが収録されている宮沢賢治さんの『イーハトーヴ童話集』は、最近まで『イートハーブ(eat=食べる + herbs=薬草、香草)童話集』だと思い込んでいた(恥)。
『100万回生きたねこ』の記事は、こちらでも紹介しています。